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名古屋地方裁判所 昭和44年(行ク)2号 決定 1969年5月15日

申立人 金安猛

被申立人 名古屋入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 中村盛雄 外四名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一、申立人の申立の趣旨および理由は別紙一の一、二のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙の二の一、二のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、申立人は、朝鮮慶尚北道金泉郡甑山面黄亭里に本籍を有する父金安某と母金順任の間に昭和一八年六月二一日山口県厚狭郡舩木町において出生し、同二七年四月二八日「日本国との平和条約」の発効に伴い日本国籍を離脱したものであるが、同四二年一一月三〇日名古屋地方裁判所において強姦、傷害罪により懲役二年四月の刑に処せられ、同年一二月六日右判決が確定したため、福井刑務所に収容されたこと、申立人は、昭和四三年六月一一日名古屋入国管理事務所入国審査官より、出入国管理令二四条四号リに該当するとの認定をうけ、同日これに異議ありとして口頭審理を請求したが、同所特別審理官は同年七月四日口頭審理を行ない右認定に誤りがないとの判定をしたので、更に法務大臣に異議申出をしたところ、法務大臣は同年九月一一日右異議の申出は理由がないとの裁決をなし、同月一八日申立人に右裁決の結果を告知したこと、そこで、被申立人は、同月二四日退去強制令書を発付した(以下「本件処分」という。)こと、右令書の送還先の記載は「朝鮮」となつていること、昭和四四年三月一四日申立人が前記刑務所を仮釈放により出所したので、名古屋入国管理事務所入国警備官が同令書を執行し、申立人を名古屋入国管理事務所に収容し、次いで同月一八日大村入国者収容所に移送したことは当事者間に争いがなく、一件記録によれば申立人は昭和四四年四月一日被申立人を相手方として、右処分の取消を求める本案訴訟(当庁昭和四四年(行ウ)第一四号)を提起したことが明らかである。

二、ところで、被申立人は、本件申立は「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから却下されるべきであると主張するので、これにつき判断する。

(一)  申立人が本案の理由として主張するところの第一は、申立人は昭和二七年法律第一二六号「ポツダム宣言の受理に伴い発する命令に関する件に基く外務関係諸命令の措置に関する法律」(以下「法律第一二六号」という。)第二条第六項該当者であるところ、右該当者には出入国管理令は適用されないから、同令に基づきなされた退去強制令書発付処分は違法であるというのである。法律第一二六号第二条六項は、「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出生したその子を含む。)は、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」と規定しており、前記争いのない事実によれば、申立人が右条項に該当する者であることは明らかである。しかしながら、右条項は、その立言自体からしても出入国管理令第二二条の二第一項の適用を除外する旨にすぎないものであり、出入国管理令全体の適用を排除するものでないことは明らかである。このことは、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」第三条並びに同協定の実施に伴う出入国管理特別法へ昭和四〇年法律第一四六号)第六条が法律第一二六号第二条第六項該当者にも出入国管理令第二四条の規定の適用のあることを前提として退去強制事由の縮減をはかつていることに徴し、いよいよ明瞭であるとしなければならない。よつて、申立人の右主張は採用することができない。

(二)  申立人は、第二に、出入国管理令第二四条が「左の各号の一に該当する外国人については………本邦からの退去を強制することかできる。」と規定しているところから、退去強制令書を発付するか杏かは行政庁の裁量に委されており、本件処分には右裁量権の濫用ないし逸脱の違法があると主張するが、本件におけるごとく、既に退去強制令書が発付された場合において、裁量の適否を問題となし得るのは当該容疑者の異議申出に対する法務大臣の裁決の点に限られることは同令に規定する退去強制の手続の構造に照し明らかであるので、申立人の右主張は、本件処分の先行行為たる法務大臣の裁決における裁量権の濫用ないし逸脱を主張するものであると解して判断を進めることとする。

ところで、同令第五〇条第一項によれば、法務大臣は、右裁決をなすに当つて、容疑者に特別在留許可を与えるか否かの裁量権を有する。換言すれば、右裁決は特別審理官の判定の適否のみならず、特別在留許可を与えるか否かについても判断したうえなされるべきものとされているのである。そこで、申立人の右主張は、結局法務大臣において申立人に対する特別在留許可を与えるか否かの裁量につき権限を逸脱しまたは濫用したというに帰するところ、疎明資料によれば、申立人は前記のように山口県下で出生し、五才の時父金安某が死亡したため、同県在住の叔父金安栄学の許で育てられ、小中学校を終えた後、北九州市の九州朝鮮中高級学校高級部を経て朝鮮大学校に入学したが、同校を中途退学して名古屋市南区在住の叔父金安繁雄方に寄宿し自動車運転手として働いていたこと、申立人の母金順任は土木請負業を営む姜水岩と再婚して申立人の異父弟妹と共に山口県宇部市に居住していること、姜水岩一家は昭和四二年七月、日本赤十字社臨時帰還業務対策本部長あてに朝鮮民主主義人民共和国への帰国申請をなしており、申立人も現に、法務大臣、法務省入国管理局長および大村入国者収容所長あてに同国へ帰還しうるよう措置することを要求しており、本邦に永住することの許可を受けていないこと、以上の事実が疎明される。

右認定の事実関係によれば、申立人は、出入国管理令第五〇条第一項第一号、第二号所定の事由に該当しないことはいうまでもないが、法務大臣が、同項第三号に基づき申立人に特別在留許可を与うべき事情があると認定しなかつた点についても、同大臣に裁量権を濫用し、または、これを逸脱した違法があるということはできない。

申立人は、国が本邦からの退去を強制し得る外国人は、出入国管理令第三四条第四号の規定からも明らかな如く「日本国の利益又は公安を害する行為を行なつた者」でなければならないところ、申立人は、日本国の利益又は公安を害する行為を行なつた者ではないと主張する。

しかしながら、右規定は同条第四号のイからカまでに該当しない者であつても、法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為を行なつたと認定する者に対しては退去を強制しうる旨定めたにすぎないのであつて、同条第四号のイからカに該当する外国人に対しては当然退去を強制し得るものであり、申立人が同条同号のリに該当することは前認定により明らかである。

また、申立人は、外国人の追放をうける者を不必要に苦しめないような方法でなされるべきである。本件においては、本件令書の送還先の記載は「朝鮮」となつており、大韓民国は承認しているか朝鮮民主主義人民共和国とは国交を結んでいない日本国政府の態度から考えれば、「朝鮮」とは「大韓民国」を指すものであるところ、もし、申立人が韓国に送還されることになれば、当然共和国へ帰国することが不可能になるばかりか、申立人が共和国系であることに基づき処罰される可能性もあるから、韓国への送還は申立人に不必要な苦痛を与えるものであると主張する。

しかしながら、疎明資料によれば、退去強制令書の送還先が「朝鮮」と記載されていても、退去強制を受ける者が大韓民国への送還を希望するときは、朝鮮半島のうち同国政府の管轄権が現実に及んでいる地域へ、また同国政府の管轄権が及んでいない地域(朝鮮民主主義人民共和国。いわゆる北朝鮮。)への送還を希望するときはその地域に送還することができること、ただ現在のところ、日本国政府は北朝鮮と国交を開いていないため、北朝鮮に直接送還することはできないが、出入国管理令第五二条第四項に基づき主任審査官の許可を受けて退去強制を受ける者の自らの負担により本邦を退去することも退去強制令書の執行の一方法としてなされうることが疎明される。従つて、北朝鮮への送還の途が全くとざされているといえないのであるから、大韓民国へ送還されることを前提とする申立人の主張は相当ではない。以上要するに、裁量権の鑑用または逸脱を理由とする申立人の主張は採用できない。

(三)  申立人は、最後に、本件処分は確立された国際法規および憲法第九八条第二項に違反すると主張するが、「人権に関する世界宣言」第九条および「市民的政治的権利に関する国際規約」一三条は、これらが日本国を拘束する国際法規であるか否かの点を別としてもいずれも外国人の追放が適正な手続に拠つてなされるべきことを定めたものにすぎず、しかも、本件処分は、出入国管理令に則つてなされているから右第九条第一三条に違反しているものとはいえない。(なお、出入国管理令が同令第二四条に定める事由をもつて外国人の国外退去強制の事由と定めていることは、現在の国際情勢や日本国の利害関係からみて相当であり、国際法の理念に反しているということもできない。)

また、国際赤十字の第一九回国際会議における「戦争、内乱その他政治的な紛争で生じた離散家族を再会させる決議」は直接本件と係わるところがないのみならず、その成立の過程、形式からも明らかであるように、あくまで道義の次元に位置するものにすぎず、確立した法意識に支持されて国際法規にまで高められたものということは到底できない。よつて、申立人の右主張も採用できない。

三、以上の次第で、本案に関する申立人の主張はすべて失当であり、本件申立は行政事件訴訟法第二五条第三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものであるからこれを却下することとし、申立費用については同法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本聖司 福富昌昭 将積良子)

一の一 申請の趣旨

一、被申請人が昭和四三年九月二四日付で申請人に対してなした退去強制令書の効力を、本案判決確定に至るまで停止する。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

第一、本件行政処分に至る経緯

一、申請人は、昭和一八年六月二一日、日本で出生し、爾来日本に居住する朝鮮人であり、「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(以下法律一二六号という)第二条六項該当者であるところ、昭和四二年一一月名古屋地方裁判所において、強姦等により、懲役二年四月の刑に処せられ、同年一二月六日から福井刑務所において服役中のところ、同四四年三月一日、仮釈放となつた。

二、被申請人は、申請人が福井刑務所において服役中、申請人に対し、出入国管理令(以下令という)第二四条四号リに該当し、退去強制事由に該当するものとして、昭和四三年九月二四日付で退去強制令書を発付し、申請人は三月一四日釈放と同時にその告知をうけ、身柄を名古屋入国管理事務所に収容され、さらに同月一七日大村入国者収容所に移送され、現在に至つており、いつでも退去強制を執行される状態にある。

第二、本件処分の違法性

一、法律一二六号該当者に令を適用したことの誤り

法律一二六号該当者である申請人に対しては、令は適用できないから、これに基づいてなされた被申請人の本件処分行為は法律適用の誤りをおかした違法なものとして取消されるべきものである。

法律一二六号第二条第六項は次のとおり定めている。「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出産したその子を含む)は、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず別に法律で定めるとろによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」

これは、主として戦前から引き続いて本邦で居住生活してきた在日朝鮮人については、「在留資格」と「在留期間」という令上の二大要素がなくとも本邦で居住生活できるものとしたものであつて、在日朝鮮人の過去の歴史的特殊事情を考慮して、令の規制対象からはずしたものである。いわば令が、一般外国人を規制の対象とする一般法の位置を占めるのに対し、法律一二六号は戦前から引き続いて居住する在日朝鮮人を規制の対象とする特別法の位置を占めるものである。

在日朝鮮人の過去の歴史的特殊事情とはなにか?

現在日本には約六〇万の朝鮮人が居住しているが、これらの人達は、みずから好んで故郷をすてたものではなく、一九一〇年(明治四三年)の「日韓併合」以来の旧大日本帝国の朝鮮に対する植民地収奪政策により、祖先伝来の土地と生業を失ない、生きんがために「日本内地」に流入しあるいは又、日本の戦争政策遂行の過程で徴兵、徴用により強制的に連行され、何十年もの間の日本での生活により日本に定着するに至つた人達とその子孫である。

太平洋戦争終了前の三六年間に及ぶ植民地支配の時期に在日朝鮮人が歩んだ受難の道は、公知の事実である。関東大震災における在日朝鮮人の大虐殺「内鮮一本化」の名のもとに行なわれた朝鮮民族の民族文化の抹殺「皇民化」と称して行なわれた朝鮮人の姓名までうばいとる「剣氏改名」「国民精神総動員」「大東亜共栄圏」の美名のもとに行なわれた「強制連行、奴隷狩り」、「徴兵徴用」等、その例は枚挙に暇がない。このような「同化政策」の強行は裏返ぜは朝鮮人に対する民族的差別政策の徹底に他ならなかつた。

このような歴史的特殊事情を見るならば、在日朝鮮人の処遇について充分の配慮をはらうことは日本政府の歴史的、政治的、法律的責務といわねばならない。日本の敗戦を契機として在日朝鮮人が、「日本国籍」をはなれ、「外国人」となつたからといつて、一般外国人と同一視してその居住の権利を剥奪制限することが許されないことは明らかであるといわねばならない。

このような在日朝鮮人の歴史的特殊事情に立脚し、その数十年の長きにわたる日本社会への定着にもとづく日本での居住上の利益を保護するために設けられたのが、すなわち法律一二六号であり、その適用を受ける在日朝鮮人の地位は、本来令で予定している「在留」なる観念とは全く異質のものである。

以上のとおり、法律一二六号該当者に対し、令を適用することが許されないことは明らかであり、右該当者である申請人に対する令第二四条四号リを適用しての本件退去強制令書の発付行為が違法であることも又、明らかである。

二、裁量権の乱用ないし逸脱による違法

かりに法律一二六号該当者に対し、令の適用が許されるとしても本件退去強制令書発付処分は、裁量権を乱用したか、またはこれを逸脱したものとして違法であり、取消されるべきものである。

(一) 令第二四条による裁量の基準

令第二四条は「左の各号の一に該当する外国人については、第五章に規定する手続きにより本邦から退去を強制することができる」と定めている。ここで注意すべきことは同条が「退去を強制しなければならない」とせず「退去を強制することができる」としている点である。

それは、出入国問題は民族的、歴史的、国際政治的な諸事情が複雑にからみあつたものであるため、形式的な事由により一律に退去強制をすることが不合理なばあいが多いので裁量の余地を設けたものである。

その裁量の基準としては、まず同条四号が「イからカまでに掲げる者を除く外、法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為を行なつたと認定する者」と定めているところからも知られるように「日本国の利益又は公安を害する行為を行なつた者」という点がその第一であるといわねばならない。令第五〇条もこの趣旨をうけて、かりに第二四条各号に該当するものでも、第一号永住許可をうけているとき第二号かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき第三号その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」は、その者の在留を特別許可することができることを定めているのである。

裁量の基準の第二は「条理」である。外国人の追放は慎重になされるべきであつて、右第一の基準に合致するばあいにおいても一般人の正義感情に適合した追放をうける者を不必要に苦しめない様な方法でのみ行なわれるべきである。本件処分は右の基準から見るならば、裁量権の乱用ないし逸脱として違法なものであること以下に述べるとおりである。

(二) 申請人の経歴および家族関係

申請人は、昭和一八年六月二一日金安某を父とし、金順任を母とし、山口県小野田市で出生し、同三一年山口県美禰郡別府堅田小学校、同三四年同中学校、同三八年北九州市九州朝鮮高級学校を卒業し、同年四月東京都小平市朝鮮大学校に入学したが翌年七月事情により同校を中退した。

中退後は父方の叔父である名古屋市港区稲江新田野跡一一一〇の一、金安栄学方に身を寄せ同人の営む鉄工場に勤務、自動車運転手として生活をしていたものである。

申請人の父は昭和三三年申請人が五才のとき死亡し、母金順任はその後同二六年山口県宇部市藤山区平原姜水岩と再婚し現在に至つている。右姜水岩は土木請負業を営むかたわら在日朝鮮人総連合山口県東部宇部支部財政部長の職にある。

(三) 申請人およびその家族の朝鮮民主々義人民共和国への帰国希望

右申請人の義父姜水岩、母金順任、異父弟妹姜貞前、姜貞、姜徳洪、姜とき江、姜徳治の七名は、昭和四二年七月一三日日本赤十字社臨時帰還業務対策本部長あてに朝鮮民主々義人民共和国への帰国申請をしたが、帰国業務のうち切りのためその志を果さないでいる。

申請人も、朝鮮人学校で民族教育をうけたものとして同共和国への帰国を希望し、大村収容所内においてその旨の上申書を法務大臣、入国管理局長、大村入国者収容所長あてに提出している。

(四) 永住権

申請人は他面「日本国に居住する大韓民国々民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下単に協定という)第一条第一項に該当しうる立場にある。すなわち、韓国籍を取得して永住権を申請すれば、日本に永住しうる権利をえられるのである。

ところが申請人は、朝鮮民主々義人民共和国公民たることに強い誇りをもち、韓国籍を取得する意思をもたず従つて永住権の申請も行ないえないため本件退去強制令書の発付をうけるに至つたものである。従つて本件退去強制は、実質的には申請人の国籍選択の自由を奪い、韓国籍の取得を強要すると同じ効果をもつものといわねばならない。

以上(二)ないし(四)の各事実を見るならば、本件処分が退去強制の裁量基準の第一に合致しないことはもとより、第二の条理に反するものであつて裁量権の乱用ないし逸脱として違法であることは明らかである。

三、確立された国際法規、憲法第九八条二項違反

(一) 外国人追放に関する国際法規

「人権に関する世界宣言」第九条は、「何人もほしいままに逮捕され拘禁され、又は追放されることはない」と定めている。さらに昭和四一年一二月一六日国連総会において成立した「国際人権規約」のうち、市民的政治的諸権利に関する規約第一三条は、外国人の追放は国家の安全保障の必要がある場合の外法律に基づく決定に準拠し、且適正な手続の下においてのみ行なわれるべき旨を規定した。

これは、平時における外国人の追放の正当な理由とされるのは、「その国の公序と安全に対してその外国人の存在が重要な脅威を与えること」(横田喜三郎「国際法」有斐閣法律学全集一六九頁)とされていた国際慣習法が明文を以て諸国家の承認をえたことを意味する。右人権規約にいう「法律に基づく決定」、「適正な手続」が、単に形式的な法律の規定や手続に従つていればよいという意味でなく、実質的にも追放することが真にやむをえないばあいにのみ許されるという趣旨であることは規約成立に至る経緯からも明らかであろう。

(二) 離散家族の保護についての国際慣習法

一九五一年一一月インド、ニユーデリーで開かれた国際赤十字第一九回国際会議(日本赤十字社もこれに参加している)で戦争、内乱、その他政治的な紛争で生じた離散家族を再会させる決議が採択された。このことが例証しているように離散家族を再会させること、離散家族を出させないようにすることは、現在確立された国際慣習法となつている。

(三) 本件処分の国際法規、憲法第九八条第二項違反

日本国憲法第九八条第二項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めている。

本件退去強制令書発付処分は、右(一)の外国人追放に関する「人権に関する世界宣言」第九条、「国際人権規約」のうち市民的政治的諸権利に関する規約第一三条に違反するものであるばかりでなく、右(一)の離散家族の保護についての確立された国際慣習法にも違反するものであり結局憲法第九八条第二項に違反するものとして取消を免れないものといわねばならない。

第三、執行停止の必要性

申請人は以上の理由により御庁に行政処分取消の訴を提起しているが、もし大村収容所から朝鮮民主々義人民共和国に送還されたばあいは、現在の日本と同共和国との関係および帰還業務打切りの状況のもとでは、申請人の再入国も家族の帰国も不可能に近く、さらには又誤まつて大韓民国に送還されたばあいは、それこそ永久に家族生別れとなることは明らかで、いずれにしても申請人に回復しがたい損害を与えることは明白である。

又申請人は、既に二年有余にわたり刑務所に拘禁され、精神的、肉体的に著しく疲労、衰弱しており、この上刑務所と変らない処遇をされていること公知の事実である大村収容所の処遇をうけさせることは、申請人の疲労衰弱をますます強めるものである。

さらに本案訴訟継続中、申請人を管轄裁判所である御庁所在地名古屋から遠隔の大村収容所に収容したままにおくことは、申請人の訴訟遂行を著しく制限するものであり、申請人に著しい不利益を課するものである。

以上の次第であつて、本件退去強制令書発付処分は退去の面はもち諭収容の面でも違法かつ申請人に回復しがたい損害を蒙むらせるものであるので執行を両者共停止されたく申請する。

一の二 準備書面

一、申請人の大韓民国(南朝鮮)への送還

申請人に対する本件退去強制令書の送還先の欄には、「朝鮮」との記載がある。いうまでもなく日本国政府は、大韓民国(以下韓国という)とは国交をもちこれと友好関係を結んでいるが、朝鮮民主々義人民共和国(以下共和国という)に対しては、これを承認していないばかりか、ことごとに敵視政策をとつている。

従つて、日本政府か「朝鮮」の名のもとに意味するのは、韓国のことである。それゆえ申請人が、本件退去強制令書を執行され、現実に送還されるばあい、その送還先は、韓国以外にない。

それはまた入管当局のこれまでの実務上の取扱いでもある。

二、申請人の共和国への帰国希望

申請書二の(三)記載のとおり、申請人およびその家族は、共和国への帰国を希望している。このような申請人に対する本件退去強制令書発付行為そのものが、確立された国際法規および憲法第九八条第二項に反するものとして違法なものであることは、申請書三に述べたとおりであるが、さらに申請人が現実に韓国に送還されることを考えれば、それはまた国連人権宣言第一三条2何人も、自国を含むいずれの国をも去り及び自国に帰る権利を有する。同第一五条の2何人も、ほしいままに、その国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない。との各条項に違反するものであること明らかである。

三、韓国の実情およびその共和国敵視政策

韓国政府が共和国の存在を認めず、これを敵祝し、共和国を支持または承認するものはもち論、少しでもいわゆる「南北統一」を口にするものに対しては、これを反逆者として、フアツシヨン的裁判により死刑をもつて臨んでいることは、周知のとおりである。

また韓国においては、アメリカの指導のもとに臨戦体制が強化さてれおり、昨年二月には、「郷土予備軍設置施行令」が公布され、二二〇万余の「郷土予備軍」の発足を見ている。

このような状況の韓国に、朝鮮国籍を堅持し、共和国への帰国の意思を公然と表明している申請人が送還されたばあい、どのような運命が待ちうけているかは、火を見るより明らかであろう。

四、結論

以上述べたところにより、申請人を韓国に送還する内容を含む本件退去強制令書発付処分が違法であり、それが執行されたばあい、申請人に対し、回復しがたい損害を与えることは明白である。すみやかに本件処分の効力の停止を求める。

二の一 意見書

意見

本件申請はこれを却下する。

申請費用はこれを申請人の負担とする。

との裁判をなすべきものと思料する。

理由

一、退去強制令書発付の経緯

申請人は朝鮮慶尚北道金泉郡甑山面黄亭里に本籍を有する父金安某と母金順任の間に昭和一八年六月二一日山口県厚狭郡船木町において出生し、同二七年四月二八日平和条約の発効に伴い、日本国籍を離脱した者である。申請人は出生して間もなく同県美禰郡秋芳町に移り、同町別府小・中学校を卒業後、北九州市所在の九州朝鮮中高級学校高級部を経て朝鮮大学校に入学したが、同三九年九月同校を中退、名古屋市南区弥次衛町五-一二においてトラツク運転助手、パチンコ店員、自動車運転手などをしていたが同四〇年一〇月二一日名古屋市南区前浜通で吉田忠夫に暴行を加え傷害を負わせたことおよび同四一年一〇月二五日同区元塩町三-六のアパート内で内山憲治ほか二名と共謀してバー女給を強いて姦淫したことから同四二年一一月三〇日名古屋地方裁判所において強姦、傷害罪により懲役二年四月の判決言渡を受け、同年一二月六日右判決が確定した。(疎乙第一号証、同第二号証、同第三号証)

名古屋入国管理事務所入国警備官は申請人が右懲役刑に処せられたことにより出入国管理令二四条四号リに該当する容疑があるとして同四三年五月六日福井刑務所において違反調査を行ない、同所入国審査官は同四三年六月一一日同令二四条四号リに該当する者として認定したところ、申請人は同日口頭審理の請求をしたので、同所特別審理官は、同年七月四日口頭審理を行ない認定に誤りがない旨判定した。そこで申請人は、法務大臣に異議の申出を行なつたが、法務大臣は同年九月一一日申請人の異議申出は理由がないと裁決した。名古屋入国管理事務所主任審査官は同月一八日福井刑務所長を通じ申請人に右裁決結果を告知し同月二四日退去強制令書を発付したが同四四年三月一四日申請人が前記刑務所から仮釈放により出所したので、入国警備官が同令書を執行して名古屋入国管理事務所に収容し、同月一八日大村入国者収容所に移送した。(疎乙第四号証、同第五号証、同第六号証)

二、本件申立は、その本案について理由がないことが明らかである。

1. 昭和二七年法律一二六号二条六項該当者に対しても出入国管理令は適用される。

朝鮮人・台湾人は、昭和二七年法律一二六号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律二条六項にいう「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力の発生の日において日本の国籍を離脱する者」として同日以後外国人(出入国管理令二条二号)となり、出入国管理令の対象となつたが、法律一二六号は、戦前からの特殊事情を考慮してわが国が降伏文書に調印した昭和二〇年九月二日以前から引き続き本邦に在留する者について出入国管理令二二条の二第一項の規定にかかわらず、同該当者については別に法律で定めるまでの当分の間は引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができることとしたのである。

右条項の規定自体から明らかなように、あくまで出入国管理令二二条の二の特則たるにとどまり同法全般の、まして二四条四号の適用を排除しようとする法意ではない。

以上のことは、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定三条ならびに同協定の実施に伴う出入国管理特別法六条が法律一二六号二条六号該当者に出入国管理令二四条が適用されることを当然の前提として退去強制の基準の緩和を定めていることからも明らかである。

従つて、昭和二七年法律一二六号二条六項該当者には出入国管理令は適用されないとの申請人の主張は全く理由がない。

2. 申請人は、被申請人の本件退去強制令書発付処分の目的は、実質的には申請人の韓国籍の収得を強要するにあるとして本件処分には目的において正当でない違法があると主張される。しかし、被申請人には右の強要した事実もなく、その意思もない。また本件処分は申請人が出入国管理令二四条四号リに該当したため、前記一、記載のとおりの退去強制手続を行なつた結果、昭和四三年九月一一日付異議申出は理由がない旨の法務大臣の裁決がなされ、被申請人が福井刑務所長を通じ右裁決結果を告知し、同月三四日申請人に対し退去強制令書を発付したものであつて、申請人を国外に退去させることが目的であることはいうまでもないところである。

3. 本件退去強制令書発付処分には、裁量権の逸脱あるいは濫用はない。

元来、国際慣習法か特別の条約が存しない限り外国人の入国ならびに滞在の許否は当該国家の自由に決しうるところであつて、出入国管理令五〇条に基き在留の特別許可を与えるかどうかは法務大臣の自由裁量に属するものである(最高裁判所昭和三四年一一月一〇日判決、民集一三巻一二号一四九三頁)。

しかも右許可は、国際情勢、外交政策等をも考慮のうえ、行政権の責任において決定さるべき恩恵的措置であり、裁量の範囲はきわめて広いものであつて、法務大臣がその責任において裁量した結果については充分尊重されて然るべきものである。

しかも、法務大臣が在留特別許可するに際しては、個別的に主観的要件を総合して特別に在留を認めるべき事情の有無等を判断するのであつて、判断の基準、先例あるいは規範は存しないのである。

申請人は、出入国管理令の適用につき在日朝鮮人については特別の取扱いをすべきことを主張されるかのようであるが、出入国管理令が外国人一般に適用されるべきものであることは当然であるところ、同令の解釈、適用上在日朝鮮人を特別に取り扱うべき理由は在しないのであつて、一般外国人が本邦に在留中罪を犯し無期又は一年をこえる懲役もしくは禁錮に処せられた場合に当該外国人に本邦からの退去を強制しても一般に違法ないし不当とはいえない以上、在日朝鮮人についても同人が協定永住の許可を受けていない限り、単に在日朝鮮人であるからというだけの理由で出入国管理令の適用を免れることのできないことはいうまでもないところである。申請人は自らも認めるとおり、強姦、傷害罪という兇悪犯罪により懲役二年四月の刑に処せられた者であり、従つて出入国管理令二四条四号リに該当することは疑問の余地はなく、申請人に対して在留の特別許可を認めなかつたことに何ら裁量権の濫用、逸脱の瑕疵はない。

4. 本件退去強制処分は、確立された国際法規並びに憲法九八条二項に違反するものでない。

申請人が主張される世界人権宣言は条約として締結されたものではなく国際法上の拘束力を持たないものである。このことはこれら宣言が何ら具体的、実体法的な規定ではなく抽象的な倫理的基本法則から成り立つていることからも明らかである。また、国際人権規約は、一九六六年一二月一六日第二一回国連総会において採択されたものであり、批准国はコスタリカ一ケ国のみであつていまだ発効しておらない。従つて右規約の批准も行なわず、加入もしていないわが国は国際法上その法的拘水力を受けるものではない。

さらに国際赤十字の第一九回国際会談における離散家族を再会させる決議はあくまでモーラルの次元のもので、確立した国際的法意識に支えられているものでない。

従つて本件退去強制令書発付処分は憲法九八条二項に違反しないことはいうまでもない。

5. 以上縷々述べたところにより明らかなように、本件退去強制令書発処分は適法であつて本案についての申請人の主張は全く理由のないものである。

三、回復困難な損害を避けるため緊急の必要性は存しない。

1. 申請人は強制送還されるときは、家族と永別しなければならないし、また本邦へ再入国できないので回復困難な損害を生ずること明らかであると主張される。しかしながら、そもそも退去強制事由に該当するものは強制送還されることが当然であつて、在留許可を要求する権利はないのであるから送還されたからといつてそれが損害とはいえないのである。

加えて、本邦へ再入国できないということは申請人が強姦、傷害罪により懲役二年四月の刑に処せられたことにより申請人は出入国管理令五条一項四号「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮。又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者。」の規定に該当しており、本邦へ上陸することを拒否され、再び入国できないことは当然であつて、自ら犯した行為によつて本邦へ入国できないからといつて回復困難な損害にあたるとするがごときは的はずれな議論というほかはない。

2. 次に申請人は、このまま大村入国者収容所へ収容されている場合は、二年余の刑務所生活による心身の障害が増して回復困難な損害を生じ、かつ、訴訟遂行上著しい不利益となると主張される。

しかし申請人の収容それ自体は退去強制処分に当然含まれるもので、これをもつて直ちに執行を停止すべき回復困難な損害があるものということはできないうえ、申請人には収容所において保安上支障ない限り最大限の自由があり申請人は健康体である。(疎乙第七号証、同第八号証、同第九号証)けだし、もし右のような処分に伴う一般的な不利益によつて当然処分の執行を停止しうるものとすれば、退去強制処分は常に例外なくその執行を停止しなければならないこととなり、このことは、処分取消の訴えの提起によつては処分の効力を妨げられるものではなく、処分の執行停止は特に処分により生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるときに限つて許している行政事件訴訟法二五条の法意に反することとなるのである。

3. なお、申請人は「現在の帰還業務打切りの状況のもとでは在日家族の北鮮帰国もできない」と主張されるが、昭和四二年八月一二日法務省告示第一四六七号によれば、在日朝鮮人でいわゆる北朝鮮に向け出国することを希望するものは、出国証明書の発給を受けて任意に出国する途が開かれておるのであつて全く帰国できないという主張は正当でないので付言する。

二の二 補充意見書

一、退去強制令書の国籍と送還先

(イ) 昭和二十七年四月二十八日「日本国との平和条約」により、わが国は朝鮮の独立を承認し、同四十年十二月十八日「日本国と大韓民国との基本関係に関する条約(日韓平和条約)」によつて右朝鮮の一部に成立した大韓民国を承認した。

然し、大韓民国政府の管轄権が現実に及ばない朝鮮地域があり、これは平和条約で独立を承認した朝鮮である。

(ロ) 出入国管理令第五三条にいう「国」が「国家」を指す場合と未承認国や朝鮮半島のように「地域」を指す場合があると解釈しているので、この意味では朝鮮も国である。

(ハ) 退去強制令書の国籍が朝鮮と記載されているときは「朝鮮半島出身者とその子孫」の意味であり、送還先が朝鮮とあるときは、それは朝鮮半島を指す。

(ニ) 法一二六-二-六該当朝鮮人の中には右日韓条約締結、したがつて大韓民国存立承認とともに韓国籍を取得した者があり、またその儘韓国籍を取得せず朝鮮人として居住している者もいる。

(ホ) 申立人は、韓国籍を取得した疎明がないので朝鮮人と認められる(疎乙第一号証)。

(ヘ)申立人に発付された退去強制令書国籍欄には朝鮮と表示され、送還先も朝鮮と表示されているので、同人は朝鮮半島のうち、大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいる地域かまたは及んでいない地域のうちいずれかに送還される。

二、送還先と送還方法

(イ) 申立人が自らの意思によつて、大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいない朝鮮地域に送還されることを希望するときは、その地に送還されることができる(令第五三条二項)。

(ロ) 右の地域に送還する場合の送還方法は自費出国(令第五二条四項)による。

(ハ) 自費出国の手続により、横浜港を出港するソ連邦船舶または大韓民国政府の管轄権の現実に及んでいない朝鮮地域に向けて我国を出港する船舶を利用して同地域に送還されたものは、昭和三九年三件一二名、昭和四〇年一〇件一八名、昭和四一年八件二一名である。

三、結論

右のとおりであるから、送還先が大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいる地域以外にないとの前提に立つ申立人の主張は理由がない。

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